この文章は
私が俳優のためのアレクサンダーテクニックを
教え始めた時に
自分が教えている、これは一体なんなんだ?ということを
自分自身の中で整理しておく必要があると思い
考え、まとめたものです。
多少頭でっかちな文章ですが
よろしければお付き合いください。
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「どんなもの?」
俳優のためのアレクサンダーテクニック(以下、俳アレ)は、稽古(リハーサル)・本番を問わず、主に演技の最中に演技を滞らすことなく演技をより助けるものとして、俳優が俳優自身の協調作用を自らの意思と選択により、いつでももたらすことができることを主目的にした、数あるアレクサンダーテクニックの使い方のうちの一つです。
俳アレはその原理・概念においては、F.M.アレクサンダー氏の発見した所謂「アレクサンダー・テクニーク」とは何も変わるものではありません。ただし、その<使い方>においては提供するアレクサンダー教師やレッスンを受ける俳優のアイデアや、俳優が置かれた状況や、向きあう課題、俳優の好奇心により、無限に創造され得るものです。
俳アレは俳優がその演技をより良いものにしたいと望んだとき、それがいかなる種類の演技であっても、その役や状況や場面がいかなるものであっても、その俳優の演技スキルがいかなるレベルにあっても、協調作用の側面から俳優自身とその演技をサポートします。
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「どこで、どう使うの?」
俳アレはそれ自体が演技法や演技メソッドではないため、俳アレだけでは演技は成立しません。また俳アレだけで、これまでその俳優ができなかった演技が急にできるようになるわけでもありません。稽古・本番を問わず、俳優が改善したいと望む演技の直前にそして最中にも、演技とともに俳アレを使うことで、すでにできる演技スキルをサポートするものとして俳アレは有効に機能します。
俳アレは俳優の演技プランや俳優が遂行すべきディレクターからの指示を邪魔したり変更したりすることなく、そしてこれらに妨げられることもなく、俳優の成し遂げたい演技を協調作用の側面からサポートしてくれます。
どのような場面で俳アレを使うかは、完全に俳優の自由です。俳アレは決して演技において使わなくてはならないものではありません。例えば、すでにうまくいっている演技には、その俳優が強く望まない限り改めて俳アレを使う必要はありません。俳アレはいつも俳優の<望み>とともに機能します。
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「どんな効果があるの?」
俳アレを俳優が演技に使うことで、その演技の質を向上させることができます。また、俳アレを使い続けることで俳優の楽器そのものを機能の面で向上させることも可能です。
俳アレを俳優が使うことにより期待できる副産物としては以下のものがあります。(確約はされるものではありませんが実際に数多く得られた感想です)
1)自分自身のからだと心が調和のとれた一つのものとして統合されることを体験します。
2)演技を助ける「深いリラックス」と「拡大された気づき」そして「自らの存在への裕かな自信」を獲得します。
3)俳優は存在感を増し、その表情は自然に、その振る舞いは説得力を持ち、その声は豊かに響き渡ります。
4)その演技は抑制が利いた(ただ「静かだ」とか「おとなしい」とか言うことではありません)無駄のない洗練されたものとなります。
5)俳優は自らが身を投じた総合芸術というフィールドにおいて、毎瞬毎瞬適確な選択をすることができるようになります。
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「どうやって習得するの?」
俳アレは俳優をサポートすることに情熱を持ったアレクサンダー教師とともに学び、試すことができます。俳優がアレクサンダー教師のサポートなく自分の演技に俳アレを使えるようになるために必要なレッスンの量は、俳優それぞれによって異なります。また、俳アレを採用する場面、状況、目的によっても、どれだけ俳優が自分一人で使いこなせるかは変わります。いずれにせよ、練習によって俳アレのテクニックは確実に上達します。同時に、練習なく上達することはありません。
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「他に特徴は?」
俳アレとともに表現された演技は、その俳優が想定していたもの以外にもたくさんの表現を観るものに提供することが期待出来ます。それは俳優が俳アレを使うことで得られた協調作用が観るものにも伝わり、その人たちの協調作用にも働きかけることになると思われるからです。
俳アレを演技に使うことで、それがどれだけ訓練されたスキルであっても、俳優はいつも初めての経験をすることが出来ます。それは演じることへの新鮮さをその都度俳優にもたらしてくれることになります。世阿弥の云うところの<初心>、すなわち「真っ新な衣に刃を入れるときのような心構え」で誰でもいつでも演技をすることができる『<初心>実践法』とも言えるかもしれません。
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